タブレット導入は、誰のため?(武雄市の場合)

武雄市による教育現場でのタブレット利用の件ですが、まぁいろいろと話しが出てきて「こりゃひでぇなぁ」という感じになっているのは、前にも書いたとおり。

「あのメーカの製品だからダメ」って事を言う人が目立つのだけど、なによりも「何故、そのメーカのものを選択する羽目になったのか」という部分を指摘するべきではないかと思うわけですよ。

まぁ、そんな中で、タブレット導入に関する議論を行っていた武雄市ICT教育推進協議会の議事録を情報公開請求で手に入れた人が、ネット上でそれを見れるように公開してくれたので、以下にリンクしておきます。(PDFなので注意)
独立系ニュースサイトの HUNTER の一連の記事でも言及されている資料の一部分でもありますね。

これらの資料の中で、自分が気になったのは 2013 年 8 月 7 日に東京で行われたとされる協議会の議事録。
この回は、タブレットのメーカ担当者を呼んでヒアリングを行った回のようなのですが、座長でもある東洋大学の松原副学長の以下の発言が、特に気になりまして…。

◯松原:タイのメーカーは価格82ドルのタブレットを販売している。限られた予算の中で導入する必要があり、価格も重要である。タイ、台湾等世界のこのような現状を知ってほしい。

[From [武雄市] H27-06-26 武市教ス第21号 H25-08-07 第2階武雄市ICT教育推進協議会議事録.pdf - Google ドライブ]

海外の話とはいえ、100 ドルを余裕で切る価格でタブレットが発売されれば、多少は話題になるでしょうから、それなりにネット上で取り上げられているのを目にするはずですが、どうも自分の観測範囲ではそういうものを見た記憶はなく…。
「へぇ、そんなもんもあるんだ」とちょっと調べてみたところ、どうも次のような話の中で出てくるタブレットの価格が 82 ドル/台だということを言っているのではないかと。

インラック前政権が始めたこのプロジェクトはその名の通り、ひとりの子どもに1台のタブレットを渡すことを目標に、タイの小学生1年生を対象に無料配布するものだ(地域によっては中学1年生にも配布される)。初年度はおよそ86万台が配布されたとされる。翌年は170万台と発表されているが、同年の9月ごろから2014年5月まで、プロジェクトを始めたインラック政権に対する反政府デモやクーデターなどでタイは荒れており、結局どれくらいの台数がどこに配布されているのかが不透明になっている。

[From 「全生徒無料配布」を掲げたタイの教育用タブレット配布政策の微妙な現状 | ハーバービジネスオンライン]

プロジェクトの名前も、"One Laptop Per Child" を真似たかのような "One Tablet Per Child" と安易なものですが…。


この件に関しては、広島銀行の現地駐在員が「タブレット型コンピューターの無償支給開始」というレポートを残しているのも見つかりまして、「ばらまき政策の一環でパフォーマンスの意味合いが強い」とまで書かれてしまっています。
とはいえ、「小学1年生全員に無料支給」することで「IT社会の一端を垣間見る事が可能」となることで「将来的にタイ国民全体の IT 能力向上につながる」のであれば、試み自体は成功して欲しいなぁ、とは思います。(政情の不安定も含めて、色々と課題も多そうですが。)

さらに、検索してみたところ、OTPC プロジェクトで配布されたタブレットの開封レポートが載っている Blog があって(当然のようにタイ語)、そこにスペックも記載されていました。

แกะกล่อง OTPC (One Tablet Per Child) ดูว่ามีอะไรบ้าง และวิดีโอฟังก์ชั่นการใช้งานของเครื่อง

[From Review : แท็บเล็ตพีซีเพื่อการศึกษา OTPC | iballudn's blog]

とりあえず、そこに書かれてるスペックと、武雄市の導入したタブレットのスペックを比較してみると…

 OTPC武雄市
CPUCortex A8 1.0GHz Single CoreCortex A9 1.2GHz Dual Core
ディスプレイ7 インチ / 1024×600 Pixel7 インチ / 800×480 Pixel
メモリ/ストレージ512MB / 8GB512MB / 16GB
ネットワークWi-Fi 802.11b/g/n同左
カメラフロント 200万画素フロント 30万画素
OSAndroid 4.0.3Android 4.2.2

ディスプレイとカメラは負けてますね…。>武雄市
#OS のバージョンの差は、導入時期の違いという感じだと思うので…。

"82 ドルタブレット"の実態は?

"タイ 82ドル タブレット" でググってみると関連するものがいくつか引っかかるのですが、このプロジェクトにおけるタブレットの調達は、政府間取引の色合いが濃く「中国政府の推薦するメーカの中から調達先を決定」したということなので、松原副学長が言っているような「タイのメーカー」の製品ではないんですよ。

4社の中から(いずれも中国のメーカー)、深センの「スコープ科学開発」社が
1台81ドル(約2400バーツ、6700円ほど)で応じた「スコーパッド」で選ばれた。

もちろん教育ソフトウエアのプレロード付きだ。

その経緯は知らないが、これは政府間取引で、中国政府の推薦する
4社に応じてもらったと言う。

[From タイ小学1年生タブレットPC導入物語 : チェンマイUpdate]

そもそもが、政府間取引の意味合いが濃い上に調達台数も 100 万台規模が見込まれるわけですから、ボリュームディスカウントが強烈に効く状況下での 82 ドル/台 という話であるようです。

もし松原副学長の言った「82ドルのタブレット」がこの OTPC プロジェクトの物を指すのだったとしても、正しい背景や状況を説明することなく発言したのだとすれば、唐突で不自然に感じます。(文脈の前後が、議事録に記載されずに削られている可能性は考慮しておく必要はありますが…。)
まとめのところでも「問題提起させてもらった」とか言ってますけど、参加したメーカの担当者からすりゃ「んなこと、知らんがな」でしょうなぁ…。

そして、その流れに乗るように、中村伊知哉氏が次のような発言しているわけです。

◯中村:1人1台年間1万円(保守料等全て込み)で導入できたら、他の自治体でも導入したいという話は聞いている。これが出来れば一気に拡がる。

[From [武雄市] H27-06-26 武市教ス第21号 H25-08-07 第2階武雄市ICT教育推進協議会議事録.pdf - Google ドライブ]

この「年間1万円」にしても、3年リース(料率 3 %として)を利用すれば、 1 台 2万円後半で入手できる機種だったら、実現出来なくもないんですけどね。

この二人の発言を見る限り、「授業で使いやすいもの」を選ぶということは目的にしておらず、とにかく「安価なものでもいいから、大量に配備する」方向に話を持って行きたいという意図で動いていたように思えますし、他の回の議事録を読んでみても、「大量に配備すること」が一部の委員達の総意となっていたように感じるのは、自分だけでしょうか?

現場サイドは、Android タブレットよりも先行導入していた iPad が望ましいと意志表示していたことは公開された議事録からも読み取れるのですが、結局は協議会サイドの一部の委員達の意向を、そのまま当時の市長が実行した、という形になったわけです。

ツケは、子供たちに回されて

限られた予算の中で最大限の成果を出そうとするのであれば、複数年に分けて導入していくということも出来たでしょうし、一括購入でなくリース契約を活用するという選択肢もあったはずです。そうすれば「安かろう悪かろう」という機種を選ぶ必要もなかったのではないかと。
まぁ、パフォーマンス好きな当時の市長にとって見れば、協議会から「大量に配備することが望ましい」という答申がが上がって来たというのは、願ったり叶ったりだったのでしょう。もしかしたら、最初からそうなるように仕組んでいたとしても不思議ではないとすら穿った見方をしてしまうわけですが…。

そして、そのツケを払われることになったのは、使いにくいタブレットを使って授業をこなさなくてはいけない現場の教師たちと子供たち。
これから軌道修正することも出来るわけですが、どうなることやら。

あとは、これを他山の石として、自分の住んでいる自治体のこともチェックしていかないといけないんですよねぇ…。

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